2016年1月21日木曜日

がんの治験と研究倫理について

がんの治験と研究倫理について 

公益財団法人 先端医療振興財団
監査室 倫理・安全課 調査役   薬剤師・博士(医学)  水田 浩之

「治験」に対して、どのようなイメージをお持ちでしょうか?
・ポジティブなイメージ:画期的な新薬による治療が受けられそう。
・ネガティブなイメージ:なんとなく、「実験」として使われるイメージが…

『治験』とは? (厚生労働省ホームページより)
 化学合成や、植物、土壌中の菌、海洋生物などから発見された物質の中から、試験管の中での実験や動物実験により、病気に効果があり、人に使用しても安全と予測されるものが「くすりの候補」として選ばれます。この「くすりの候補」の開発の最終段階では、健康な人や患者さんの協力によって、人での効果と安全性を調べることが必要です。→治験
 こうして得られた成績を国が審査して、病気の治療に必要で、かつ安全に使っていけると承認されたものが「くすり」となります。
 http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/chiken/1.html

 基礎的研究
保存期間の短いもの、投与経路(経口、静注?)














動物による研究
誰が何位に対して承認するか? 
厚生大臣が、製薬会社企業に対して承認する。製造・販売の許可

「治験」について、もう少し詳しく説明します。一般的には、3種類の試験を段階的に行います。
デザインは薬の種類、対象疾患によって変わります。

第Ⅰ相試験 : 少数の自発的志願の健常人に投与。(→探索的試験)
主に、薬の薬物動態(吸収、分布、代謝、排泄)や安全性(副作用)について調べる
 抗がん剤に関して、健常人に投与されることは、少ない。

第Ⅱ相試験 : 比較的少数の患者に投与。(→用量設定試験)
主に、有効性、安全性(副作用)について調べる
いくつかの用量を設定し、次の第Ⅲ相あるいは市販において最適な用量を決定することが多い。
 

第Ⅲ相試験 : 比較的多数の患者に投与。
主に、有効性、安全性(副作用)について調べる。

仮説(≒「合格」とする基準)を設定し、それをクリアするかについて調べる。(→検証的試験)


「治験」の「合否」について。
第Ⅲ相試験の「仮説」について。

例:【医薬品A】の第Ⅲ相試験における仮説

 〇〇癌患者において、【医薬品A】投与療法は、[標準治療]と比較して全生存期間を延長する。

標準治療:
治験等の科学的根拠に基づき、現在利用できる最良の治療方法であることが示されており、その疾患を有する一般的な患者に対して行われることがガイドライン等で推奨されている治療方法。
仮説は多くの場合、製薬企業がPMDAと相談しながら決定する。

「治験」の「合否」について。

「仮説」を立証(≒「合格」とする基準をクリア)できた場合は?
  →その疾患を有する患者に対してその「効能・効果」を謳うことができる薬、として承認されます。
   cf. 健康食品との違い。

「仮説」を立証できなかった場合は?
  →「治験失敗」とみなされ、承認されません。

  →「既にある薬」より劣るものは不要、という考え。
  →条件を変えて再度別の治験を実施し、対象患者・疾患を変更、もしくは限定することで承認されるケースもあります。(新たな仮説を立てる)治験のやり直しとなる。

 治験が抱える倫理的側面とは。
希望しない患者を強制的に組み入れることの危険性:欧州における、第2次大戦中のナチスによる非人道的実験への反省が起源となっている。人体実験が多数おこなわれた。

現代では:
医薬品は兆単位の巨大な利益を生み出す可能性を有するという側面がある
医薬品開発の成功・失敗は企業の株価に多大な影響を与える
医薬品開発に要する費用(500~1000億円)のうち、大半は治験費用
承認取得できる可能性は候補物質の3万分の1。基礎研究から医薬品として成功する確率(成功確率は低い)
これらのことから、企業は、
「早く症例数を集めたい」 :希望しない患者を組み入れる危険性
「治験に失敗したくない」 :企業に不利な症例を改竄する危険性、例えば、有効性があっても副作用の多い薬で、副作用を少なく改ざんする可能性がある


被験者さんを守るために、3つの倫理がある。
(1)ニュルンベルク綱領(1947年)
  : 1947年、ドイツにおける軍事裁判の1つであるニュルンベルク裁判では第2次世界大戦時のナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺、人体実験などが反倫理的・反社会的な犯罪として裁かれた。
 ニュルンベルク裁判の結果の1つとして、研究目的の医療行為(臨床試験・臨床研究)を行うにあたって厳守すべき10項目の基本原則が提示された。

(2)ヘルシンキ宣言(1964年):正式名称「ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則」
 ニュルンベルク綱領を受け、1964年、フィンランド・ヘルシンキで開催された世界医師会第18回総会において採択した。
医学研究者が自らを規制する為の、医学研究に対する倫理規範である。
時代に合わせ改正を繰り返しており、最新版は2013年10月改正
基本原則:
 1.患者・被験者福利の尊重 、 2.本人の自発的・自由意思による参加 、 3.インフォームド・コンセント取得の必要 、 4.倫理審査委員会の存在 、 5.常識的な医学研究であること

(3)GCP(Good Clinical Practice):正式名称「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」
概要:(厚生労働省ホームページより)
1.治験の内容を国に届け出ること(=治験届) 、 2.治験審査委員会で治験の内容をあらかじめ審査すること、 3.同意が得られた患者さんのみを治験に参加させること 、 4.重大な副作用は国に報告すること
5.製薬会社は治験が適正に行われていることを確認すること
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/chiken/2.html

日本発の抗がん剤が世界で使われています。
小野薬品、PD-1抗体(オプジーボ)、協和発酵キリンATL治療薬(ポテリジオ)

不明な点は担当医師、治験コーディネーター等に積極的に質問、相談しましょう。
そのうえで、ご自身の治療方法の1つとして「治験」をご検討いただけるとよいかと思います。